奇想天外な浮世絵で人々を驚かせた歌川国芳
歌川国芳は、奇想天外な発想と斬新で大胆な構図の浮世絵で、江戸の人々を魅了した浮世絵師です。
歌川国芳の西洋画の陰影や遠近法を取り入れた浮世絵や三枚絵のワイドな浮世絵、人体や猫をモデルにした斬新で奇想天外な浮世絵は、江戸の人々から大きな支持を得ました。
歌川国芳のプロフィール
1798年、歌川国芳は日本橋の染物屋に生まれました。幼少期から絵や模写を学び、15歳で歌川豊邦に入門します。歌川国芳の兄弟子には、のちの三代目歌川豊国となる歌川国貞がいます。
1814年、歌川国芳は忠臣蔵の表紙と挿絵を手掛け、これが初作品となりました。その後、歌川国芳は浮世絵の一枚絵を制作し始めるものの、なかなか人気が出ず、不遇の時代が長く続きました。
1827年、水滸伝シリーズの人気に火がつくと、歌川国芳は武者絵の第一人者として一気に売れっ子の仲間入りを果たします。歌川国芳は、奇想天外な発想で、役者絵や美人画、戯画など多くの人気作を手がけました。
歌川国芳の代表作・有名な作品
歌川国芳「相馬の古内裏」
歌川国芳「相馬の古内裏 妖怪がしゃどくろと戦う大宅太郎光圀」は、大宅太郎光圀と滝夜叉姫が操る骸骨が闘う様子を描いた三枚絵の錦絵です。骸骨の描写には国芳が学んだ西洋の解剖学の知識が生かされています。骸骨の下半身を隠したことで全体の巨大さを想像させる構図は、平面の暗闇から骸骨が飛び出してくる恐ろしさを演出しています。
歌川国芳「宮本武蔵の鯨退治」
歌川国芳「宮本武蔵の鯨退治」は、
剣客・宮本武蔵が、泳ぐ巨大な大鯨にまたがり、鯨に刀を突き刺す様子が描かれています。荒れ狂う海や暗い空のなか、画面いっぱいに描かれた美しい柄鯨と、小さいながら勇ましい宮本武蔵の対照が目を引く歌川国芳の代表作です。
歌川国芳「みかけハこハゐが とんだいゝ人だ」
歌川国芳「みかけハこハゐが とんだいゝ人だ(見かけは怖いが、とんだいい人だ)」は、歌川国芳の遊び心が満載の浮世絵です。人の顔や裸の体に様々なポーズを取らせ、人間の顔や手のパーツに組み立てる「寄せ絵(人体合成画)」の代表作で、その抜群のセンスは江戸の人々の関心を集めました。
歌川国芳のここがすごい!作品の特徴と人気の理由
斬新で奇想天外なアイディア・発想力
歌川国芳の浮世絵の特徴として、まず挙げられるのが、奇想天外な発想と斬新で大胆な構図です。作品テーマにより様々な手法を使い分けた歌川国芳は、武者絵や相撲絵では力強くダイナミックな構図で登場人物の力強さを表現しました。
巨大な鯨や恐ろしい骸骨などがワイドな画面いっぱいに描かれた三枚絵の錦絵は、歌川国芳作品の真骨頂といえます。
物おじしないべらんめえな江戸っ子だった歌川国芳は、江戸幕府が浮世絵に対し厳しい規制をかけた後も、国芳らしい斬新な発想力で風刺の効いた浮世絵を発表しました。
日本画と西洋絵画を融合させた表現力
西洋絵画の遠近法や陰影法を学んだ歌川国芳は、西洋の版画のコレクターとしても知られています。研究熱心な歌川国芳は、西洋の絵画に見られる技法と日本古来の伝統的な技法を融合させた表現を試み、独自の画風を確立させました。歌川国芳の写実的な人物描写は、西洋の解剖学の影響を受けているといわれています。
武者絵で知られる歌川国芳ですが、西洋の技術を取り入れた風景画も高い評価を受けています。
ヒーローから猫まで幅広い作品ジャンル
歌川国芳は、勇ましい武者絵で人気を博しました。水滸伝シリーズを始めとする歌川国芳の武者絵には、上半身に刺青の入った英雄・ヒーローが多数登場します。この刺青は江戸の若者の間で大流行しました。
歌川国芳は、武者絵や役者絵のほか、遊び心の溢れた戯画、相撲絵、春画など、幅広い作品ジャンルに取り組みました。愛猫家で猫をことのほか大切にしていた歌川国芳は、猫をモチーフにした作品も数多く残しています。
歌川国芳に対する評価と影響力
歌川国芳の日本国内での評価・影響力
歌川国芳は70人以上という多くの門弟を抱えていたことでも知られ、歌川国芳の大胆な構図やアイディアは、多くの浮世絵師に引き継がれました。そして、多くの浮世絵師が広めた歌川国芳の才能は、現代のアーティストにも確実に継承されています。
現代のアニメやコミックスに登場するヒーローには、水滸伝など歌川国芳の武者絵に描かれたアイディアや構図の影響が見られることがあります。また、歌川国芳の作品そのものがアニメやコミックスに登場する場合もあり、たとえば人気アニメ「ゴジラS.P<シンギュラポイント>」のなかには、ゴジラを印象付ける重要な場面に、歌川国芳の浮世絵「讃岐院眷属をして為朝をすくふ図」にそっくりな絵が用いられています。
歌川国芳は、歌川国芳は、江戸の浮世絵から現代の芸術まで幅広い影響を与え続け、現在では国内外で抜群の知名度を誇っています。
歌川国芳の海外での評価
奇想天外でビビッドな歌川国芳の浮世絵は海外でも注目度が高く、ロンドン、ニューヨーク、オランダでは歌川国芳の展覧会も開催されました。
海外の美術館のなかでは、オランダ国立ライデン民族学博物館が、歌川国芳の作品を多くコレクションしていることで知られています。
歌川国芳のライバル
奇想天外な発想力で人気を博した歌川国芳ののライバルとして挙げられる浮世絵師に落合芳幾と月岡芳年がいます。
落合芳幾は、歌川国芳の門下であり月岡芳年とは兄弟弟子で、幕末から明治にかけて活躍しました。歌川国芳と人気を二分するほどの実力を持つ良きライバルだった落合芳幾は、歌川国芳が亡くなると、浮世絵界を代表する絵師となります。
月岡芳年は、落合芳幾とともに歌川国芳のライバルとして名前の挙がる浮世絵師で、「血まみれ芳年」の異名を持つほど残酷で血に濡れた無残絵で知られています。幕末から明治中期に活躍した月岡芳年は、「最後の浮世絵師」と呼ばれました。
歌川国芳の紹介まとめ
奇想天外な発想力と独創的な表現手法で、江戸の人気をさらった浮世絵師・歌川国芳。勇ましいヒーロー像はもちろん、洒落の効いた戯画や動物画にも歌川国芳らしいユーモアがあふれており、その才能は唯一無二といえます。
歌川国芳が拓いた浮世絵の表現の可能性は、今でも多くの芸術家の創作力を刺激し、新たなファンを生み出しています。